会長挨拶

会長就任のごあいさつ

会長 高橋哲也

公益社団法人 広島県理学療法士会

会長  高橋 哲也

平成30年7月12日、久保高行前会長のご逝去により、後任の会長職を務めさせていただくこととなりました高橋哲也と申します。まず、平成30年7月、西日本における豪雨により甚大な被害が発生しました。亡くなられた方々には心よりご冥福をお祈り申し上げます。また、被災された方々に心よりお見舞い申し上げるとともに、一刻も早い復興をお祈り申し上げます。

さて、久保前会長は、地域包括ケアシステム、災害支援、障がい者スポーツなどの分野において、行政や他団体との調整、人材育成と会員の活躍支援に積極的に取り組み、それぞれの分野において会員が活躍する環境を整えることができました。事務局機能の強化にも熱意をもって取り組み、その一つとして新事務所への移転も実現しました。常日頃から『 「人を前向きな気持ちにさせ、人が本来持っている素晴らしい活きる力を湧き出させること」〜これらを目的・達成とする仕事が理学療法士が行う理学療法です〜 』の言葉通り、多くの人に声をかけ語り合いながら、理学療法士(会)が社会貢献できることを実現しようとしていました。その強い気持ちと最期までやり通すその姿を私たちは決して忘れることはできません。心よりご冥福をお祈りするとともに、故久保前会長の遺志を引継ぎ、微力ではありますが、皆様の良きご理解とご協力を賜り、この重責を全うする所存ですので、よろしくお願い申し上げます。

今年度の広島県理学療法士会の事業については定時総会でお示しした計画を実行していくのですが、本会の方向性として、それぞれの職場での活動、および地域リハビリテーション支援活動、災害支援活動、スポーツ支援活動などの職場以外での活躍の場(職域)の拡大を行うための渉外活動や広報活動をおこなう。その前提となる人材育成と質の向上のための研修事業、および人材把握をおこなう。理学療法士の専門性を発揮し、どのような社会的指標を意識して成果を上げることができれば、処遇の改善に繋がるのか広島県理学療法士会としてできることを組織的に取り組んでいきたいと考えています。まず、理学療法士が元気になり楽しく活躍ができる。そして、県民のみなさまが、自分らしく生きる。その「一歩」をサポートできる。そうした活動をめざす広島県理学療法士会を今後ともよろしくお願いいたします。

職業として成せる社会資源へ、更なる公益という社会貢献に向けて

会長 久保高行

公益社団法人 広島県理学療法士会

会長  久保 高行

ホームページを閲覧されているみなさまには、日頃からの公益社団法人広島県理学療法士会(以下、当会)活動へのご理解とご協力に感謝いたします。当会は会発足を1971年に会員数19名の任意団体で設立され、2016年現在では2,700名余りの公益社団法人として成長して参りました。このように大きくなった当会の理念と目的は発足当時と同じで変わらず 「会員である理学療法士の技術の向上と研鑽を図ること、そして市民への医療と保健福祉の向上に寄与すること」と一貫しています。

私たち理学療法士は、生活の予後(将来)をみることのできる職種です。「歩行や身体の機能」を中心とした日常生活に必要な動作を、医学的知識に基づく運動療法や評価により支えています。しかしその職業理解はまだまだ不十分であり身近な患者様だけでなく、一般市民にしっかりその存在が理解され関心や信頼を得られるような職種としての市民権を獲得せねばなりません。これは社会貢献の立場からも障害者の方々の自立支援や一般の方々の健康増進等の分野でも皆さまに求められている支援を行い、更に公益団体の役目として地域包括ケアシステムの構築に積極的に参画する事と考えています。地域ケア会議や介護予防事業等で責任ある行動を心掛けること、地域活動においても個々の理学療法士が使命感を持って関わっていくことが、地域に継続的に関われることになります。

“自分らしく生きる。その「一歩」をサポートします。” は当会のキャッチフレーズです。これは理学療法士の仕事をする上での重要な心構えと感じています。如何なる時もこの言葉を胸に秘め市民皆様の有益な職能団体になるために日々努力しようと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

「人を前向きな気持ちにさせ、人が本来持っている素晴らしい活きる力を湧き出させること」 〜これらを目的・達成とする仕事が理学療法士が行う理学療法です〜

会長 久保高行

公益社団法人 広島県理学療法士会

会長  久保 高行

この度、2015年6月21日より公益社団法人 広島県理学療法士会 第7代会長に就任致しました医療法人日域整形外科クリニックの久保高行(53歳)です。県民の皆様には今後とも会の運営とご協力の程、宜しくお願い申し上げます。

私たち広島県理学療法士会においては、1971年に会員数わずか19名会員の任意団体として設立され、2015年現在は2,361名の公益社団法人として成長して参りました。このように大きくなった当会の理念と目的は今も昔も変わらず「会員である理学療法士の技術の向上と研鑽を図ることで、広島県民の医療・保健福祉・介護の向上に寄与する」という点で一貫しています。しかし公益社団法人ですので更なる県民あるいは他職種等に向けた公益事業の展開を強めることを求められてます。いかに一般的な日常生活を送る中で理学療法士を知る機会をまた接する機会をどのように増やしていくかが当会の大事な仕事と思っています。 上記の表代の「人を前向きな気持ちにさせ、人が本来持っている素晴らしい活きる力を湧き出させること」は理学療法士の仕事をする上での重要な目的と感じています。如何なる時もこの言葉を胸に秘め県民皆様の有益な職業になるために邁進しようと思います。どうぞよろしくお願い致します。

会長としての最後のご挨拶

沖田 一彦 2015/6/21更新

このコーナーを更新しないまま,はや1年半近くがたちました。その間に任期の終了が近づき,6月21日(日)に開催される総会をもって,私は当会の会長を退任することになりました。3期6年余りという決して長くはない期間でしたが,当会の執行部および会員の皆様,また当会行事に参加していただいた県民の皆様に,この場をお借りして深くお礼申しあげます。

 

このコーナーの口絵には,いつも絵画を掲載していましたが,今回は自分で取った写真を載せています。この写真は,私が生まれた四国の西南部にある田舎の光景です。2025年の超高齢化社会の到来は,いまや医療・介護・福祉専門職だけでなく,一般の市民の皆様もマスコミ等を通じて認識されていることと思います。写真の町では高齢化率が約37%と全国平均を大きく超えています(平成22 年現在)。写真の地区だけでいえば,50%をとうに超えています。このことは,当県でも同じ事情だと思います。

 

写真は,昨年夏に,当会会員への地域包括ケアシステムの説明・啓蒙のスライドの冒頭に使用させていただきました。もはや,すべての医療・介護・福祉専門職にとって,この問題への関わり・介入を避けて通ることはできません。当然ですが当会も,この問題に総力を挙げて関わっていくつもりです。

 

これついては,次期執行部も十分に認識しておりますので,引き続き皆様のご理解とご協力を切にお願いして,私の会長としての最後のご挨拶とさせていただきます。

 

これまで,本当にありがとうございました。

 

日本語の曖昧さから言葉と医療の問題を考える−久しぶりの更新と新年のご挨拶に代えて−

沖田 一彦 2014/1/5更新

2014年になりました。皆さん,新年あけましておめでとうございます。またかなり長い間,このコーナーを更新していなかった怠慢をお詫び致します。

気を取り直して,口絵はベルギー生まれの画家,ポール・デルヴォー(Paul Delvaux,1897‐1994)の『学者の学校』(School of researchers, 1958)です。デルヴォーは美術界で「さまよえる孤独者」と呼ばれ,作風を特定の美術運動(印象派など)の中に当てはめることができない画家だったということです。また,静寂さの中に幻想的な世界が広がるその作風から「幻想画家」とも呼ばれているそうです。『学者の学校』では,心に病をもつ女性を,向かって左側の医師が脳を手に取って医学的に,また右側の臨床心理学者がカウンセリングをして心理学的に分析している場面が描かれています。しかしこの絵には,真実は医学でも心理学でも解明しきれない中央奥の暗闇の部分に隠されているというメッセージが込められています1)。前回このコーナーでは,医療におけるコミュニケーションの問題について触れました。今回は,医療のコミュニケーションに使われる言葉の問題を前回とは別の視点,日本語の曖昧(あいまい)さという視点から考えたいと思います。

日本語の曖昧さは諸外国からしばしば批判されますが,その理由はさまざまな次元で存在するように感じます。まずは単語の次元。どの国でも類似した意味を表す単語は複数ありますが,日本語には特にそれが豊富にあるとされます。これについて個人的に強く印象に残っているのは,2011年3月の東日本大震災によって福島の原発事故が起こったとき,当時の官房長官・枝野幸男氏が行った会見放送です。福島原発について氏は,原子炉で重大な問題が発生したことはまだ確認されていないとしながら,何らかの「爆発的事象があった」と述べていました。この放送を私は,まだ高校生だった次女とTVのニュースで見ていました。彼女は心配そうに,「私は頭が悪いけんよう分からんけど,要するに原子炉が爆発したんやろ? いまの映像,どうみても爆発しとるのに,なんで爆発的事象があったとか言うん? “事象”ってどういうこと? で,日本は大丈夫なん?」と聞いてきました。答えに窮(きゅう)しました。

別の次元。日本語(ハングル語もそのようですが)では,多くの場合に主語が省略されます。上の「答えに窮した」という表現にも「私は」が抜けています。その理由については,さまざまな側面から合理的な説明がされていますが1),理屈などなくても日本人同士なら主語なしで十分通じ合えます。たとえば彼氏彼女に愛を告白するとき,「愛しているよ」と言えば,私たち日本人にとって,省略してもその主語は「私」でしかありません。しかしこれは,特に欧米諸国では通用しないようです(洋画を見ていると,せっぱつまった場面や質問のされ方によっては,英語でも主語が脱落していることがあるように感じます。私の聞き取り能力が低いだけかもしれないので,英語に強い人は教えて下さい)。

さらに別の次元。高校の英語の授業で,「直接話法」と「間接話法」の違いに苦しんだ方は多いのではないでしょうか。私もその一人でした。当時はそれを,単に「文法上の仕組み」として理解しようとしていたため,構文内の主語の置き換えや動詞の時制の一致に引っかかり,試験ではいつもどこかを間違えていた記憶があります。最近では機会が減りましたが,1980年代に私が出会ったご高齢の患者さんたちには,明治生まれや大正生まれの方が大勢おられました。彼/彼女らは,ある出来事を話すのに「直接話法」を使うことが多かったように思います。たとえば,「昨日は腹が立った。隣のベッドの人に,『あんた何言いよる? そんなこと言よったら,部屋の皆から嫌われるで!』って言われてなぁ…」といった感じです(二重括弧内は,話した本人に近い口調で話される)。

これは小説家の作風にも見て取れます。昭和の作家だと,たとえば池波正太郎の歴史小説2)は「直接話法」のオンパレードです。西洋でも古い作家(イギリスのサマセット・モーム3)など)はこれを多用していました。現代の作家は意識して使い分けているようですが,「間接話法」はもともと,起こった出来事を話者が物事を一歩引いて客観的に捉え,「直接話法」よりも少ない単語量で効率よく相手に伝えるために使われるようになったと聞きます。ちなみに,音楽の歌詞に「間接話法」が初めて使われたのは,ビートルズの‘She loves you’4)なのは往年のロックファンには有名な話し: ♪ She said she loved you,and you know that can’t be bad 〜(彼女,まだお前のこと好きじゃ言よったけど,それって悪いことじゃなかろぅ)。

悪い癖で,また前置きが長くなりました。今回もっとも強調したかった次元,それは「人称性」です。人称性とは,簡単に言えば,話しや文章の主語を何にするかということです。それには大まかに3つの種類があります。「私は」なら一人称的(first personal),「あなたは」なら二人称的(second personal),「それは」なら三人称的(third personal)です。そのうえで,医学・医療関係の論文における人称性に注意してください。‘It is that…’(…である)とか,‘It seems that…’(…と思われる)という表現がいかに多いか。講演や授業でも事情は同じです。「○○病では,△△が主症状となり,予後は□□なことが多い」といった感じで,三人称を主語とした表現が多いことが分かるはずです。

アメリカの専門誌では,ずいぶん前にこの問題が論議されたと聞きます。たとえば,米国の理学療法協会誌『Physical Therapy』に長く目を通されている方ならお気付きと思いますが,‘It seems that…’が,‘I / We considered that…’と表現されることが多くなっています。いつ何で読んだか忘れましたが,この背景にはアメリカの権威ある学術協会が,「たとえ科学論文であっても,読者に分かりやすくするために文章は短く簡潔に,かつ執筆者の責任を明らかにするため主語は一人称/二人称で」と指摘したことが発端であったように記憶しています。修辞的(rhetorical)で難解な表現の多かった英国の協会誌『Physiotherapy』もこの傾向にあります。

この問題について書いていて,無性に『白い巨塔』が観たくなりDVDを借りに行きました。原作は作家・山崎豊子が,実際にあった医学部の権力抗争を描いた社会派長編小説5)ですが,1978年にTVドラマ化され,毎週楽しみに観ていたのを覚えています。内容を知っている方も多いと思いますが,権力志向で次期教授の席を狙う外科医・財前五郎と,患者を第一に考え日々研究に打ち込む内科医・里見脩二との確執と友情がテーマとなっています。今回借りたDVDはドラマのリメイク版6)で,俳優の唐沢寿明が財前を,江口洋介が里見を演じて2003〜2004年にフジテレビ系列で放映されたものです。ドラマにおいて財前は自分の技術を過信し,業績を重視するあまり治療をおろそかにして担当患者を死なせてしまいます。家族から訴えられますが,裁判では里見が患者家族側の証言台に立ったことで,最終的に有罪の判決を受けてしまいます。その結果,里見は大学を追われ,財前は心労から肺癌になってしまうのです。

私が注目したのは最終回です。財前の癌は,発見されたときすでに手遅れの段階でした。周囲は事実を隠し続けますが,怪しむ財前は,医師として実はもっとも信頼している里見に最後の診断を依頼します。それまでの二人は,医療やその倫理について三人称で語ることが多いのですが(「医学は」,「医師は」,「患者は…」),このときの二人はほぼ一人称と二人称だけで会話します。里見が「俺はお前を助けたいんだ。それが出来ないのなら,せめてお前の不安を受け止めたいんだ!」と混乱すれば,財前は「俺は助からんよ…。それより,死を前にした患者を前にそんなに取り乱して,お前らしくないぞ」と返します。結構感動します。このドラマの見どころの一つは,二人が医師としてではなく,互いに良き友人としての関係を取り戻したとき,その語りに三人称が用いられることがないという点にあると思います。

表現における人称性の違いは,単に文法上の違いだけではありません「医学は」,「医療は」,「リハビリテーションは」,「理学療法は」などの三人称を主語にした表現は,聞いている者に「よそよそしさ」というか「他人事のような感じ」を持たせてしまいます。先にも書いたように,それには話者の存在を感じにくく,責任の所在の不明確さが伴うからでしょう。それでも,「三人称を用いなければ科学的な表現にならない」という考えには根強いものがあります。しかし総合診療医の尾崎7)が指摘するように,もし治療方針について説明を行った患者に,「では,これが先生のお母さんの,あるいは先生ご自身の症状だったらどうしますか?」と聞かれたら,皆さんならどう答えるでしょうか? そのとき患者から共感をもって受け入れられる答えは,相手に理解できる単語を使うことはもちろんのこと,直接話法を使って一人称で話すことでしかないと,当たり前かつ今さらのことながら,私は思います。

  1. Butor M(内山 憲一・訳):ポール・デルヴォーの絵の中の物語.朝日出版社,2011
  2. 月本 洋:日本人の脳に主語はいらない.講談社選書メチエ,2008
  3. 池波正太郎:鬼平犯科帳(新装版).文春文庫,2000(初版:文藝春秋社,1968)
  4. Maugham SW(中野好夫・訳):人間の絆 (上・下巻) 新潮文庫,2007(原書初版:Of human bondage. George H Doran Company , New York, 1915)
  5. Lennon‐McCartneyによる楽曲で,1963年にリリースされたBeatlesの4枚目のオリジナル・シングル
  6. 山崎豊子:白い巨塔(第1〜5巻).新潮文庫,2002(初版:新潮社,1965)
  7. 西谷 弘,他(演出):白い巨塔(DVD 8).ポニーキャニオン,2004
  8. 尾藤誠司:「医師アタマ」との付き合い方;患者と医者はわかりあえるか.中公新書ラクレ,2010

『二つの間』を埋めるために−医療におけるコミュニケーションと人間関係の今後−

沖田 一彦 2010/8/23更新

抽象画の先駆者として知られるカンディンスキー(Vassily Kandinsky,1866‐1944)に,『二つの間』という作品があります(口絵)。鮮やかな赤の背景に非対照的な二つの物体(?)が,まるで引か れるように接近している構図になっています。これが何を意味しているのか,芸術的センスのない私にはわかりません。彼が子どものとき離婚した両親の関係な のか,生まれ故郷であるロシアと移住したドイツ/フランスとの関係なのか,それとも自分と別れた最初の妻との関係なのか。いずれにせよ,絵を見る限りで は,『二つの間』はなかなか埋まらないように感じられます。

先日,当会の研修会で広島市に出張しました。JR広島駅から路線バスに乗車すると,「原爆の日」ということもあったのでしょう,結 構混んでいたため,最後部の座席にやっと座れました。次の停留所で,私と同年代とおぼしき男性が乗り込み隣に坐りました。男性は腕時計を気にする私の方を チラチラ見ていたのですが,しばらくすると意を決したように話しかけてきました(以下,男性=お)。

お:「おとーさん,どっから来たん? 急いどん?」
私:「三原です。今日は"やっさ祭り"の初日で,三原駅周辺の混雑がひどくて,予定の新幹線に乗り遅れてしまいまして」
お:「ほー,ほんで今からどこ行くん? 仕事? わしゃぁ,今から飲み会なんよ」
私:「僕は仕事でH町に行っとんですけど,その後はやっぱし飲み会ですわ」
お:「わしゃね,明日,親戚が栄転でS市に引っ越すんよ。ほんで,大型の免許を持っとるわしが荷物の運送に駆り出されたんよ。今日はその前祝いで飲ませてくれるゆうんやけど,一晩飲ませてくれたくらいじゃ割に合わんでぇ!」
私:「そりゃしんどいですね。S市ゆうたら九州の西の端なんで,車だとここから6時間以上かかるでしょ?」
お:「ほーなんよ! でも親戚やと断れんけぇね。月曜は仕事早出なんやけどのぉ…」

そうこうしているうちに,バスは市の中心部に到着し,男性が先に降りることになりました。

お:「ありがと。わしもおとーさんもビールの飲みすぎで腹がメタボみたいやけぇ(確かに!),お互い体には気をつけようや」
私:「はいはい(笑)。おとうさんも明日の運転長いんやから,今日はあんまし飲み過ぎんように」

男性は,前方の出口でこちらに振り返り,軽く会釈して手を挙げながら降りていきました。「いくら親戚だからといって,大型の運転免 許をっているというだけで,なんで俺が遠くまで引っ張り出されないといけないのか?」という思いを,誰かに聞いてもらいたかったのかもしれません。

実は私は,見知らぬ人とのこういう偶発的な会話が結構好きです。子どもの頃から,知らない人に話しかける/話しかけられることにあ まり抵抗がありませんでした。だからという訳ではないのですが,今も車にカーナビをつけていません。家族からは「原始人」と非難されますが,道に迷ったら 車を止めて歩いている人に聞くか,コンビニに入って店員に聞けば何とかなるからです(私はこれを「クチナビ」と呼んでいます)。

1970年代前半まで,乗り物に乗り合わせた他人同士が会話するのはごく普通の光景でした。列車で祖母の家に遊びに行く私に,「ぼ く,どこに行きよん? 一人?」,「そりぁ偉いねぇ。このミカンお食べや」といった具合です。そこから,学校がどうだの家庭がどうだのという話が,笑いを交えながら展開していき ます。隣のボックス席で話を聞いていたおばちゃんが身を乗り出し,「あんた,話しばっかりしよるけど,次の次で降りないかんよ。忘れたらいかんよ!」など と言ってくれることもありました。しかし,1980年代に入ると,このような状況は急速に変化していきました。出張や旅行の乗り物の中で,たとえ席が隣り 合わせになっても,高齢者を除けば,だれも会話をしなくなっていきました。

印象的な出来事があります。30歳を過ぎた頃だったでしょうか,私は出張で新幹線に乗り東京に向かっていました。途中の駅で大学生 とおぼしき女性が乗車してきたのですが,私の坐っている指定席を自分の席だと言います。切符を見せてもらうと,座席番号は合っているのですが,列車番号が 違っています。乗る列車を間違えたのでしょう。車掌が来たので,事情を説明すると,「ちょうど隣の席が空いているので,ここに変更しましょう」と言い,彼 女は私の隣に座ることになりました。

頭の中が1970年代で止まっていた私は,何の下心もなく彼女に話しかけました。「新幹線は本数が多いので間違えちゃいますよね。 でも,席が空いててよかったですね。どこまで行かれるんですか?」と。しかし彼女は,「大阪です」と言ったきり,続く問いかけには「YES/NO」で答え るのみでした。顔には,「見ず知らずのオヤジのくせに,話しかけないでよ…」という困惑の表情がありありと見て取れたので,私は話を切り上げ,仕事の書類 に目を通し始めました。列車が大阪に着くと,彼女は無言のまま降りて行きました。

この件以来,私は乗り物の中で,必要に迫られた場合を除き,知らない人とは会話をしなくなりました。そのことを同僚に愚痴ると,「お前なぁ,こんなご時世に不用意に若い女性に話しかけていたら,車掌を呼ばれて交通警察に突きだされるぞ!」と忠告されました。

「医療におけるコミュニケーション」の重要性が唱えられて久しいのはご存知のとおりです。理学療法士に限らず,医師,看護師,薬剤 師など,すべての医療専門職にとって,それは「基本中の基本」と認識されています。この能力を学内教育の段階で強化しようとする試みも盛んです。「医療面 接技法」と銘打って,さまざまな教育方法が実施されています。私も教員としてそれを試みています。授業の中で,「開かれた質問(open ended question)」,「視線を合わせる(eye contact)」,「うなずきによる共感(sympathy)」など,基本的な項目の解説と演習が行なわれます。また,模擬患者(simulated patient)を利用したシミュレーション実習も普及しつつあります。

最近の医学教育では,このようなコミュニケーション能力が,臨床実習(ポリクリ)に出る前に「OSCE(客観的臨床技能試験)」の 一部として測定されています。理学療法教育にもこのシステムを導入しようとする動きがあります。しかし,そのようにして獲得した"技能"が,はたして真の コミュニケーションと言えるのでしょうか。

ヨーロッパを旅していると,列車やバスの中での,1970年代までの日本のコミュニケーションのあり方が,どこの国でもいまだに 残っていることに気が付きます。「あなたはどこから来たの?」と聞かれるのは,私が東洋人の外見をしているからで,これは当たり前のことでしょう。しかし 彼らは,同邦の他人同士でも,性別や年代の差なくコミュニケーションが実に良好に取れています。このことが日本人である私にとって新鮮な驚きなのです。

たとえば,イタリアの芸術の街フィレンツェで,列車の隣に座っていた女子大生が絵画のデッサンをしていたことがありました。それを 前の席から覗いていた高齢の男性が,「なかなかうまいな。どこの大学?」と聞くと,そこから身を乗り出して二人の美術談義が始まります。また,イギリス中 部の湖水地方でローカル線に乗っていたときには,コンパートメント(個室座席)に乗り合わせた家族が,お互いのバカンス(夏季休暇)の過ごし方を,互いを 羨望しつつ楽しそうに話しています。

こんなことが子どもの頃から当たり前の国民が医療者になった場合のコミュニケーションと,今の私たちの国のコミュニケーションとで は,それを教育・評価する意味がまったく違うのではないか,最近そう思えてなりません。相手の話に「身を乗り出して」聞く気持ちもないのに,"技能"とし てのeye contactだのsympathyだのを植えつけてどうするというのでしょうか…。逆に,相手を知りたい気持ちや興味が本当にあったら,そのような"技 能"は多少稚拙であっても問題にはならないし,細かな教育をしなくても,理念と原則さえちゃんと伝えておけば,能力は後から現場で自然に身についていくの ではないでしょうか。

医療におけるコミュニケーションは,その国の人間関係のあり方と深くかかわっています。だから,上記のような問題がいますぐに解決 できるものでないことはよく分かっています。ただ,勉強をしていく中で,最近確信していることが二つあります。一つは,いくら医療専門職が熱心に患者に説 明し同意を促しても(informed consent),医療者側が思っているほど患者側は納得してはいないということです1)。もう一つは,医療をサービス業の一環とみなし,対象者を「患者 様,利用者様」と呼んでみても,当事者側はそれを望んではいないということです2)。そのようなことで患者と医療者の関係は改善するとは,私には思えません。

ではどうすればいいのか? 私は,医師である尾藤氏3)の意見に強く共感します。氏は,いま医療が変われるためには,市民が「人生の上で目指すもの,大事にして優先させたいこと」を 医療者と共有する必要がある。また,医療者は「日常生活は主観的なものと測れないもので成り立っており,それを無視した医療を行うことは良くない」ことを 理解する必要があるといいます。そして,この意味において両者が,「ともに考える医療」を目指す必要があると。そこで求められるのは,本当の意味でのコ ミュニケーションであり人間関係のはずです。

本年(2010年)12月4‐5日に,当会による「第15回広島県理学療法士学会」が三原市において開催されます(担当:尾三支 部,学会長:沖田一彦〔県立広島大学〕,準備委員長:石田勝〔興生総合病院〕)。学会テーマは「クライアントのニードに応える理学療法の展開−これからも 社会から必要とされつづけるために−」とし,上記の問題に関連した特別講演や市民公開講座を予定しています。詳細は第15回広島県理学療法士学会こちらをクリック願います。ご参照のうえ,会員のみならず,他職種や一般市民の皆様にもふるってご参加いただき,この問題について考えることで,『二つの間』を埋める契機にしていただければと思っています。

  1. 山内一信,他:医療消費者と医師とのコミュニケーション;意識調査からみた患者満足度に関する分析.医薬産業政策研究所リサーチペーパーシリーズ 29:1-149,2005
  2. 徳田安春,他:「〜さま」と「〜さん」;患者呼称の使い方についての患者医師双方への調査研究.プライマリ・ケア 31:20-25,2008
  3. 尾藤誠司:「医師アタマ」との付き合い方;患者と医者はわかりあえるか.中公新書ラクレ 344,201

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」?所信表明にかえて?

沖田 一彦 2009/6/1更新

平成21年4月の定期総会において、梶村政司・前会長の後を引き継ぎ、(社)広島県理学療法士会の会長に就任しました。振り返ると、前会長の3期6年にお いて当会運営の柱となったのは"改革"でした。それは、支部制を含む組織の改革、学会運営方針の改革からはじまり、昨年度の公益法人への移行および政治連 盟の発足に関する決定と準備まで、前会長のパワーあふれる牽引力によって実現したところが大きかったことは間違いありません。その判断力と行動力に、前執 行部の一員として、また新しい会長として、心から尊敬と感謝の念を表します。
むろん、前執行部が精力的に進めた改革は継続しなければなりません。まず本年度においては、公益法人申請や市民公開講座形式による理学療法週間事業、また 当会設立40周年記念行事など、前執行部がレールを敷いてくれた大きな事業を成功させる必要があります。よって課題は、次の年度以降に新執行部で何ができ るかだと考えています。
とはいえ、前会長のような牽引力や行動力をどこまで発揮できるか、正直言って私にはあまり自信がありません。ただ、肥大化する組織と医療・介護制度の急速 な変化を目の当たりにして、最近強く感じていることがあります。それは、表題に書いた「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」と いう問いです。これは、印象派の画家ゴーギャン(Paul Gauguin,1848‐1903)の作品(口絵)のタイトルになっている言葉です。

私は、その問いがもっとも象徴的に当てはまるのは、介護保険下で実施されているリハビリにおける理学療法(士)のアイデンティティーや効果に関する問題だ と思っています。おりしも、昨年および本年の定期総会において、会員からこの問題についての分析や対応の要望が執行部に出されました。現状は国や自治体の 制度ありき、先行者の経験ありきで、「私の担当している利用者さんの問題解決には役に立たない」から「PTとして行き詰っている」というものでした。
介護保険下でのリハビリに限らず、このような大きな問題が生じたとき、我々の業界の対応にはある一定の傾向が認められます。それは、振り子がどちらかに 振れたら、上は「バスに乗り遅れるな」的対策の必要性を打ち出し、現場はその枠組みに従って右往左往するというものです。その場合、情報の流れは常にトッ プダウン的で、現場からの情報や意見が上に届くころには、すでに振り子は逆の方向に振れようとしていることも少なくありません。
介護保険下でのリハビリに限らず、このような大きな問題が生じたとき、私たちは一度立ち止り、先のゴーギャンの言葉の意味をよく考えてみる必要があるよ うに思います。「我々はどこから来たのか」はPTのこれまでの歴史をみればわかるはすです。時代の変遷とともに何がなぜどのように変わったのか。また、 「我々は何者か」はあくまで対象者によって決定されます。ここを踏み外したら、我々はもはや公益団体とはいえません。科学はそれをよりよく説明するための ツールにすぎないという認識も重要です。そして、それらによって「我々はどこへ行くのか」は自然と決まるはずです。
新執行部には、この考えに基づいた具体的な活動計画を立ててもらいたいと思っています。求められるのは感受性と創造性です。しかし、これらは執行部だけ でなく参加する会員すべてに要求されることを憶えておいて欲しいのです。振り子の振れる方向を決めるのは、執行部と会員との相互作用の力だと思うからです。
これからも会員・賛助会員の皆様のご理解とご協力を切にお願い申し上げます。

(社)広島県理学療法士会会長任期を終えてのご挨拶

梶村 政司 2009/6/1更新

H15(2003)年の県理学療法士会総会において「第五代会長に就任」し、以来3期六年間の在籍でした。その間、多くの会員様からご指導やご支援を受け大過なく任期満了を迎えましたことに深く感謝を申し上げます。
これまでの役員生活を振り返れば、卒業2年目から部員生活が始まりました。その後、理事に当選(後にも先にも、唯一の役員選挙)し、広報局長の拝命を受け 26年間の役員生活を送りました。その間に担当した役職は事務局長や学術局長であり、兼務職として1994年に開催された「アジア大会」で理学療法室準備 委員長、また2001年開催の日本理学療法学術大会では準備委員長を命ぜられました。このような私に多くの重要な企画に参加する機会を頂き、他では経験で きない苦労と感動を与えてくれたものでした。
さて、その私が会長就任をする以前の当会は、歴代会長のご尽力で「広島県からの発進」という多くのメッセージを、全国学術大会2回と全国研修会大会1回の 開催によって送ってきました。そうした外向的な功績は、広島県が全国でもトップクラスの理学療法活動を行っている会であることを位置付けくれたものと考え ます。
その完成された組織の中で、私が第一期目に着手した内容は、「改革の元年」という内向(政)的改革を検討することでした。その検討後、二期目では「改革を 実行に移す元年」に入り、4 地区制から11支部制に移行しました。その目的は、組織の肥大化に伴う弊害から脱却するために「会員の顔の見える会運営」を実行するという小さな組織つく りでした。この経験は私が組織人として活動する時、多くの時間と労力、そして決断力が必要である、ということを学ばせてくれました。
そして、最後の期は、「改革の継承」として、当会の今後進むべき方向性を決定する事業に取り組みました。具体的には、「定款改正」と「政治活動参加」を キーワードとして進めてきました。こちらも、県内をくまなく行脚し、会員の顔の見える中で意見集約を行ったことが思い起こされます。
こうした目に見える活動以外に、最も力を入れたことは「人材育成事業」でした。この事業は執行部の世代交代と支部制による支部長(人材)の発掘作業から始 まり、次に支部内の部員発掘へとつながっていきました。この結果は支部制導入から5年目に入るこの時期に、ようやく軌道に乗り始めたような気がしていま す。
今後は「沖田新体制」には、全国のリーダー県として事業を展開されることを期待いたします。
最後に、私を育てていただきました当会に、本当に感謝を申し上げます。

「地道な活動は必ず実を結ぶ」

梶村 政司 2009/2/7更新

新年、明けましておめでとうございます。  今年の干支は、「丑」で、闘牛のごとく突進してきたものがアメリカのサブプライムローンから単を発した経済不況です。それにより広島県でも経済・産業において大きなダメージを受けているのではないでしょうか。
そうした中、私たちの業界にも4月の介護報酬改定が迫ってきています。こちらの備えは「丑のごとく」ゆっくりではありますが会員の皆様にHPを通じて情報 を提供している最中です。そうした医療・経済界は厳しい中に突入しますが、明るい将来に向けて広島県理学療法士会の事業活動へのご理解とご協力をよろしく お願いいたします。
さて、今年度の目標に挙げていた「人材育成」の状況は、中央執行型から支部執行型に権限委譲をすることで実現できていると考えています。特に支部担当で 行っている「広島県理学療法士学会」や研修会の運営は、人選から始まり適材適所に要員を配置でき確実に「会員」は育っていると思います。
また、今期中央執行部では、新人理事や新部長が登用されています。事業当初はギクシャクとした運営で会員さんにはご迷惑をおかけしたところもありますが、現在の業務の流れをみる時「会員(役員)」は育っていると思います。
こうした中央執行部から支部への権限委譲による「人材育成」は、当会において着実に5年10年後の財(材)産として実を結ぶものと信じています。
次に、当会では「政治」に参加するために、今期より2年間をかけて研修会を重ねてきました。その結果、3月には当会とは別組織として「広島県理学療法連 盟」が設立されます。これで当会の政策提言や政治活動と、「連盟」の行う選挙活動を両輪とした事業が展開できると考えます。そうした中で今年度の政治活動 は、広島県議会議員の方々に紙面ニュースの配布を始めたことが挙げられます。これにより、県内で働く「理学療法士」の社会・認知性があがることを願ってい ます。また、衆議院岸田文雄代議士(広島1区)や寺田稔代議士(広島5区)、そして参議院では溝手顕正代議士の皆様には、「理学療法士等問題を考える議員 連盟」に参加して頂いています。今後は、私達の身近な県政に対する働きかけにより、「県民のために有益となる活動ができる」と考えています。
このような人材育成や県政(国政)への働きかけは、すぐに形として成果のあがるものでは有りません。このような地道な活動と同様に、中央執行部(もしくは 日本理学療法士協会)が「してくれる」ではなく、私達(あるいは支部)には「これができる」という考え方を持ちましょう。そして、この苦難の時代だか らこそ、選ばれる理学療法士、選ばれる広島県理学療法士会でいましょう。その結果として会員の皆さん、 そして賛助会員様との連携を強固なものとして、「広島県民にとって有益な活動」を実現しましょう。
最後に広島県理学療法士会会員の皆さんや賛助会員様、そしてご家族の方々のご健康とご多幸を祈念いたしまして、新年の挨拶とさせていただきます。

「政治・法律に関心を持とう」

梶村 政司 2008/5/31更新

若葉の季節を迎え、会員の皆様におかれましては、穏やかにお過ごしのことと お察しいたします。
そうした中でわが国の医療行政面に目を向けると、75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度(長寿医療制度)が始まり社会に混乱を引き起こしているようで す。また、経済面ではガソリン税(道路特定財源)が復活され、消費者にとっては右往左往する議論が毎日のニュースとなり、社会的・政治的に不安定な頃に突 入していると考えています。
さて、医療界では4月に診療報酬の改定が行われ、業界内ではその対応に忙しい思いをされた会員の皆様も多くいらしたのではないでしょうか。しかし、広島県 理学療法士会(以下、当会)会員の皆様には、2年前の大幅な改定時よりも中央からの情報を迅速に提供することが可能となり、動揺は少なかったと思っていま す。とはいいながらも改定につきましては、決して満足できる内容ではなかった気がしています。今後、地方にある当会が、どういった活動を行っていくべきな のか、検討する時期に来ていると考えます。
そこで、今回のテーマを「政治と法律に関心を持とう」としました。「政治」に関しては、先月23日日本理学療法士協会で「理学療法士等の問題を考える議員 連盟」(4月理事会報告)の設立発会式が行われました。この議連代議士の方々には、まず「理学療法士法の改定」や「特定健診制度での理学療法士の職域確 立」、そして「訪問リハビリテーション・ステーションの設立」などを要望し、勉強会を含めた活動が始まりました。そこで、当会では理学療法士を取り巻く法 律的な大枠は協会にお任せしながらも、意見具申のできる環境を整備することや、地方でできる活動に主軸をおいた事業を検討しています。その一つが、「広島 県議会議員」の方々に「理学療法の啓発活動を行う(紙面ニュースの送付)」ことを考えました。こうした、小さなことからコツコツと実績を重ねながら、太い 大きな(人脈)パイプ作りを築きたいと考えています。このパイプ作りには、会員の皆様の施設環境や地域性を配慮して検討を加えたいと思います。(政治連盟 検討委員会)
次に、「法律」に関しては、当会は民法の「社団法人」に属しています。この民法は明治29年に制定されて以来、110年にわたって改正されていませんでし た。そこで、今年12月に新しく法人に関する法律が「公布」され、現在25,000存在する「公益法人」が2つ(公益社団、一般社団)に大きく区分されま す。そこで、当会が進むべき法人は「公益社団法人」であるという方向性を示し、会員の皆様に理解が得られるよう説明する予定でいます。(社団法人検討委員 会)
以上、これまで5年間の「内からの改革」もいよいよ終盤に差し掛かろうとしています。今年掲げた2つの大きなテーマは、当会の行く末を左右する大きな事業 であることを会員の皆様には十分にご理解いただきたいと思います。今後も関係諸機関、協力団体・企業の皆様には、これまで以上にご協力をお願いいたしま す。

「新年のご挨拶」

梶村 政司 2008/1/31更新

新年、明けましておめでとうございます。
今年の干支は、「子」です。4 月の診療報酬改定前からチューチューと忙しくなりそうですが、皆様におかれましては、備えはありますか。また、理学療法士(体)力は大丈夫ですか。そう いった、厳しい中に突入しますが、今年も、広島県理学療法士会の事業活動へのご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

広島県理学療法士会では、これまで2003年より始まった「改革の元年」、2005年には「改革を実行に移す年」、などと熱い 改革も三期目を迎えています。そこで今年度からの2 年間は、「連携強化」と「人材育成」を二大重点課題とした「改革の継承」を実行いたしております。特に連携強化については、診療・介護報酬の改定よりこれ まで以上にチーム医療人としての理学療法士像が大きくなっています。そこで当会としては、会員の皆さんと地域連携や他職種の方々とのパイプ役となるための 環境整備が必要と考えています。
「理学療法士の世界」も、需要と供給のバランスが逆転してきます。理学療法士が選ぶ病院・施設の時代は終わり、理学療法士を選ぶ時代が到来してきていま す。これから自分の職場でリストラが生じたとき、「あなたは、選ばれる理学療法士」になっていますか?(07年新年挨拶)という、私たちに危機感を持つと 同時に、未来ある理学療法士像を継承していくために動かなくてはならないことがあると思います。
その1つが政治的活動への参加です。今後は国の行おうとしている地方分権制度も考慮しながら、私達のできる活動は何であるのか決断を迫られてくるでしょ う。これからは、私たち地方でできることは何か?を自問自答しながら、この大きなうねりに耐えて、若い会員さんをはじめ、私たちに関係するあらゆる方々が 幸せに暮らせるよう、明るい未来を築く転換期に来ていると考えます。
もう1つが、民法の変更による法人制度改革です。今後、当会がどのような法人団体であるべきかを決断しなくてはいけない時期が、最長でも5 年先に訪れてきます。
いずれの決断にしても、今年度より当会では専門員会を立ち上げています。各委員会より理事会に上申していただき、しかるべき方法で会員の皆さんに周知を行い、総会決議へと進む流れを考えています。
そうした中で、日本理学療法士協会が私達地方に何をしてくれるのではなく、地方として何ができるのか?スピードをもって前進していく必要があると感じてい ます。今後は繰り返しになりますが、選ばれる理学療法士、選ばれる広島県理学療法士会でありたいと思います。現場の患者さんや利用者さん達と、会員の皆さ ん、賛助会員様、との連携を強固なものとして、明るい未来に向けて進んでいきましょう。

最後に広島県理学療法士会会員の皆さんや賛助会員様、そしてご家族の方々のご健康とご多幸を祈念いたしまして、新年の挨拶とさせていただきます。

「連携」をテーマに活動いたします

梶村 政司 2007/6/12更新

今年度の当会での事業が先月の「総会」で決定いたしました。テーマは,これから2年間を「連携強化」と「人材育成」(当会の向け)とし「改革の継承」を実 行いたします。 特に連携強化については,診療・介護報酬の改定によりこれまで以上にチーム医療人としての理学療法士像が大きくなっています。そこで当会としては,地域連 携や他職種の方々と当会のパイプ役とした環境整備が必要と考えています。具体的には,7月15日(日)に県民参加型でのイベントを実施いたします。目的は 理学療法(士)が県民の皆様にとってより身近な存在となり,その役割についての相互理解を深める場を提供することを考えています。この企画も既に3年目を 迎え,開催会場も福山(新規),呉,廿日市の三会場で行います。なお,詳細につきましては,別紙「イベントのお知らせ」をご覧ください。
また,「地域リハビリテーションセミナーin広島」(2月頃開催予定)をリニューアルした形式で開催を予定し,「連携」をテーマとした企画を模索中です。
次の連携としては, 9月1・2日に「第21回中国ブロック理学療法士会学会」が開催されます。今学会は,広島県理学療法士学会とのジョイント開催となるので,広島県はホスト県として精一杯企画立案し,近隣県との連携を図っていただく予定でいます。
以上,これからの2年間は「改革の継承」にふさわしいご意見を広島県民の皆様からいただきたいと考えています。これからもご理解とご協力をお願いいたします。

「会員全員参加型の運営を目指す」

梶村 政司 2007/5/31更新

広島県最大の祭典であるフラワーフェスティバルも大盛況のうちに終了し、広島東洋カープやサンフレッチェを観戦するいい季節になりました。そういった世間の暖かさに同調したい当会ではありますが…
そうした中、昨年2006年(平成18年)の年度明けには、診療・介護報酬の抜本的な改定が実行されました。その対応策に追われながら過ごした1年でした が、再び先月リハビリテーション料の見直しが発表されています。臨床現場で働く会員さんには、苦慮の絶えない少し寒い日々を送っていることとお察しいたし ます。
そういった温度差を感じながら当会の活動に目を向けると、「改革の元年」「改革を実行に移す年」、などと熱い改革も三期目を迎えようとしています。そこで 今年度からの2年間は、「連携強化」と「人材育成」を二大重点課題とした「改革の継承」を実行いたします。特に連携強化については、診療・介護報酬の改定 によりこれまで以上にチーム医療人としての理学療法士像が大きくなっています。そこで当会としては、会員さんと地域連携や他職種の方々とのパイプ役とした 環境整備が必要と考えています。具体的には「地域リハビリテーションセミナーin広島」をリニューアルした形式で開催を予定し、「連携」をテーマとした企 画を模索中です。
次の連携としては、9月1・2日に「第21回中国ブロック理学療法士会学会」が開催されます。今学会は、広島県理学療法士学会とのジョイント開催となるの で、会員の皆様にはホスト県として精一杯のご援助をいただき、近隣県との連携を図っていただくことをお願いいたします。
また、これまで当会では他施設との交流や、会員同士の学術的研鑽を深める目的において「学術助成金」システムで助成活動を行ってきました。しかし、これか らは学術的交流に留まることなく、会員の趣味や娯楽を支援する「サークル活動の実行」が総会で承認されました。この目的は、会員の個人活動にも目を向け、 会員全員が参加できる事業を展開することです。今後は、積極的に学術活動以外での横の連携や人脈作りにより会員間の連携強化が行えることを期待していま す。
また、重点課題の二番目として「人材育成」事業を9月14〜16日に「リーダー研修会」を現職者講習会の形式で開催いたします。この講習会の目的は、平均 年齢34歳前後の理学療法士を育成することです。内容はチーム単位で仕事をしていくうえで、リーダーとしての役割を認識するとともに、求められる知識・ス キルなどを身につけることを狙いとしています。
最後に支部活動やサークル活動等を通じて、会員全員参加型の運営が実行しやすいよう組織の見直しに手を加えます。目的はこれまで以上に会員の顔がわかり執行部との距離を縮め、協働できる活動を目指すことです。
以上、これからの2年間は「改革の継承」にふさわしいご意見をいただきたいと考えています。今期も会員さんや関係諸機関や協力団体・企業の皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

方向性が見えていますか?

梶村 政司 2007/1/31更新

あけまして、おめでとうございます。
昨年は、診療・介護報酬が抜本的に見直され会員の皆様をはじめ関係者の方々
におかれましては、さぞかし驚かれたこととお察しいたします。こうなるであろう情勢の中、昨年の巻頭言で「理学療法士会という職能団体としての職域を明確 に示すチャンスの到来だと感じています」と書かせていただきました。さて、この1年でチャンスに変わったのでしょうか?
それでは、今年のキーワードは「方向性」です。
方向性第一 医療保険は「患者負担増へ」シフトし、介護保険は「予防重視に転換」している。この方向でこのまま流れていくのだろうか…?今一歩、二年毎の見直しで方向性が定まっていないように感じるのは、私だけ…でしょうか。
方向性第二 こうしたご時世の中、今回の医療報酬改定はとにかく「底」であるという風評が流れていました。協会本部にはこれが吉と出るか凶と出るか、今後 の情勢を見据えながら先行的に政策を打ち出すことを望んでいますが、方向性が見えてこない。それを見える方向にするには、広島県理学療法士会(以下、当 会)において地道な患者・利用者様のニーズに応えるエビデンスを明確に示すことだと考えています。
方向性第三 当会の方向性はどこにあるのでしょうか?と言う声が聞こえてきそうです。もちろん明確にあります。それは、「小さな組織(支部、現場)で現場 からの意見をボトムアップする会運営。そして、会員さんへの還元事業の充実と、広島県民への公益事業化の推進」です。この方向性(戦略)を実現するため に、改革元年(2003年〜)では、組織を見直すための準備期間として、有識者からの意見を伺いながら、現在の新組織・支部制の導入を行いました。そし て、2005年からは「改革を実行に移す年」として2年間事業を行ってきました。この展開は、想定した以上に会員さんに浸透できたものと考えます。今年度 も残すところ3ヶ月となり、実行に移した年の反省と課題について、各副会長を中心として具体化していきます。
方向性第四 次年度は「発展する礎作りの年」に向けた事業計画(方向性)を提案したいと考えています。構想の中では、これまでの「内からの改革」から「臨 床現場の連携と交流」へ向けて事業展開を検討中です。1つの事業としては、正会員さんや賛助会員さんを含めた「福利厚生事業の充実」を考えています。すな わち、広島県内でのサークル活動による、縦から横への人材確保を含めた育成事業です。企業では、「いいモノを作ることができる「人を作る」ことが一番難し い」、と言われています。これから理学療法士の世界も、需要と供給のバランスが逆転してきます。理学療法士が選ぶ病院・施設の時代は終わり、理学療法士を 選ぶ時代が到来してくるでしょう。これから自分の職場でリストラが生じたとき、「あなたは、選ばれる理学療法士」になっていますか?
そうした中、当会では会員さんへの研修会を無料で運営をしています。この基本方針は、今後も大きく変わることはありません。ぜひとも、広島県内の高い知識 と技術を共有できる機会に積極的に参加してください。そして、顔の見える(連携された臨床)横の活動を展開していきましょう。
そのためには、ボトムアップによる吸い上げられた発想と事業展開に向けて、会員の皆様からのご意見をお待ちいたします。
今年も、正会員・賛助会員さまのご健康と、ご家族の皆様のご多幸をお祈りいたします。

梶村 政司 2006/8/1更新

今年の梅雨は,全国にみても「記録」に残る激しいものでしたが,皆様方におかれましては被害など受けられていないこととお察しいたします。これも地球温暖化現象の1つの現れでしょうか。
さて,日本理学療法士協会では,昭和40年6月に「理学療法士法」が制定され,翌年7月17日に「日本理学療法士協会」が誕生したことから「7月17日は 理学療法の日」と定めています。そこで当広島県理学療法士会では,昨年に続いて7月16日(日)に「理学療法週間事業」(イベント)を開催いたしました。
今年のテーマは「私たち理学療法士は,あなたのそばで,あなたを支える手でありたい」として開催いたしました。また,会場も3会場と増えて,本部(第1) 会場は広島駅南口地下イベント広場に設置いたしました。第2会場として佐伯区民文化センター,第3会場として呉ポートピアパーク内で行いました。
それぞれの会場では,パンフレットやお土産(うちわ・ポケットティッシュ・クリアファイル)をたくさん準備し理学療法の啓発活動を行いました。その各会場 での内容は,身体能力チェックや高齢者疑似体験コーナーを設置,それぞれを実施いたしました。また,実際の介護予防に向けた体力作り講座や福祉機器の紹介 や相談コーナーを設けて多くの方々の要望に応えるものでした。
しかし,昨年同様,この時期は気候的に高齢者の方や障害者の方には過酷な状況下での開催となっていることは否めません。しかし,それでも多くの皆さんに足 を運んでいただき,少しでも悩んでいたことや分からなかったことを解明することに役立てたのではないかと自負しています。
次年度も今年の反省や教訓を糧として,県民の方々に身近でお役にててるような「広島県理学療法士会」であることを目指して開催していきます。

これからも,皆様と一緒に成長していく広島県理学療法士会を目指しますので,どうかご意見やご教示がありましたら,ご一報をお待ちいたします。

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